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西濃環境NPOネットワーク研修会で高山・上宝へ行ってきました!~その1

2013年9月21日から23日に、高山市へ研修に行ってきました。
西濃環境NPOネットワークの研修会として、高山市街地と
上宝集落の地域づくりについて学んできました。

今回は、泉京・垂井理事の神田のfacebookの投稿から、
研修について報告をしたいと思います。
その1とその2に分かれていますので、あわせてご覧ください。
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2泊3日で上宝と高山へ行ってきた。
西濃環境NPOネットワークの研修。
現地でソムニードの関係者の皆さまにお世話になり、学ぶことが多かった。
その報告の第一弾。

上宝は同じ岐阜県とはいえ北東の端。
南西の端に位置する垂井からは対極に位置する。
ほとんどが森林で、富山県側に流れる神通川水系の水源地。
現在は高山市。

1
↑集合場所のカフェウィンディ。ここから研修がスタート。


まずは葛山集落へ。
9戸14、5人の人口。
上水は沢水を集落で引き、各戸に配水。
水源や配水施設を集落管理されている様を見学させていただいた。
所々、命綱が張られている急峻な山道を、集落から奥へ奥へと30分程度進むと、そこが水源。
石積みで作られた小さな小さな貯水池が2段に作られ、
そこからパイプで集落直上の小さな貯水タンクに水を送る。
水源の清掃やパイプやタンクの維持管理は集落で交代で行われているそうで、
80代の方でも急峻な山道を通って、水源まで行かれるという。
集落の最年少が40代。

2
↑水源へ通じる道。もっと険しいところもありますが歩くのに必死で写真撮れず…

3
↑葛山集落の水源。ここまで山道を30分歩きました。

4
↑貯水タンクの説明をしていただいている様子。


泊りは蔵柱集落の民宿・長七。
旬の野菜、栗、キノコ、保存した山菜、ヤマメなど、食事が素晴らしい。
朝から集落を散歩すると、集落の上流から水路が張り巡らされていおり、
黄金色の稲穂が垂れる水田の周りを、滔々と水が流れている。
ちょうど稲刈り時期で、山間ながら一段の稲架掛け。
早朝から米の乾燥機が回っていたり、人の動きが活発。
スクールバスの発着場があったり、英語教室の看板が架かっている家があったり。

5
↑1日目の宿、長七の夕食。

6
↑民宿の中には昔の電話も。


朝食後、鼠餅<ネズモチ>集落へ。
ここは2戸4人で、沢水を利用した上水を維持管理されている。
お話を聞いた丸山さんは80歳で最年少。
水源地は国有林に行く林道沿いにあるそうで、
休日にも関わらず国有林で伐り出し作業が続いているので、
狭い林道は大型トラックと離合不可能だということで、自宅前でお話をうかがう。

7
↑鼠餅集落の丸山さんのお宅でお話を聞きました。


鼠餅という珍しい地名については由来はわからない。
ただ、ここは昔から米がとれた集落で豊かだったので、このような名前がついたのではないか。
かつては16戸あり、3町歩田んぼがあったが、田んぼは杉林にしてしまった。
田んぼの杉林は表土が薄いので、倒壊しやすいし、成長もあまり良くない。
家の前の田んぼは交錯しており、面積は1反。
毎年、7、8俵はとれるので、2人には多過ぎて、
刈谷と富山に住んでいる子どもたちや親戚に送る。

国有林の林道は戦時中に建設された。
朝鮮の業者が施工して、大勢の朝鮮の人たちが工事にやって来た。
発破が必要なので、危険を伴うから、こちらでは手を出す業者がなかったらしい。
ひどいことをしたと思うが、当時はよく朝鮮人の子どもをいじめた。

林道も含めて、道ができると人が出ていく。
便利になると出ていく。
他所との交流が始まると出ていく。
それで3集落が消滅した。
林道の上の方では、大原という集落に一人だけ残っている。

買い物は近くの本郷集落にあるJAに週に2回くらい、車を運転して行く。
病院は神岡。ここは川下の神岡との結びつきが深いし、ずっと下流の富山との交流もあった。
ダムができるまでは、堰上げて水を貯めたところに一本丸太を集めて、一気に下流まで流した。
猪谷から下流は筏が組めたけど、流れが急なので、そこまでは丸太で流した。

猪だけでなく熊が下りてくる。
目の前の山裾の栗の実を食べにくる。
上の林と田んぼとの間に緩衝域を設けてあるけど、それでも来る。
南の山は杉の植林をやったけど、成長して高くなったら、
冬場に家の日当たりが悪くなって、降った雪が融けにくくなっている。

上宝でもこのあたりは神岡が生活圏なので、飛騨市への合併を望んでいた。
ただ、平湯のあたりは観光や銀行との関係で高山市への合併を望んでいた。
結果として高山市になったけど、神岡の病院で注射を打ったりすると、
一度支払って、役所で手続きをして払い戻し、になる。

家の前で立ちっ放しでお話を聞くこと1時間半。
その間、2度、国有林から伐り出した銅切りした間伐杉を積んだ大型トラックが家の横を通った。
とても採算性のないチップとして使われるという。
国有林だから、ああいう風に伐り出すことができる。
自分たちの山の木は伐り出したら、むしろお金を払わなければならない、と。

8
↑お話し中、間伐杉を積んだ大型トラックが横を通り過ぎました。


淡々と達観したようにお話してくださる丸山さんの表情が、
時折、哀しさ溢れた表情となるのが、強く印象に残った。

9
↑お宅から見える風景。ちょうど稲刈りが終わった直後でした。

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1日目の研修でお世話になった方々のウェブサイトはこちら!

◆カフェレストラン「ウィンディー」◆

◆民宿「長七」◆


文章:神田、藤田・河合(前文、写真、写真の説明)


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